スポンサードリンク

TOP >  旧車 絶版車 ダイハツ オート三輪 13尺ロング 2トン積 3輪車 昭和47年式 CO13T型 (同型車次回入庫予想)予測不能!

旧車 絶版車 ダイハツ オート三輪 13尺ロング 2トン積 3輪車 昭和47年式 CO13T型 (同型車次回入庫予想)予測不能!

旧車 絶版車 ダイハツ オート三輪 13尺ロング 2トン積 3輪車 昭和47年式 CO13T型 (同型車次回入庫予想)予測不能!
旧車 絶版車 ダイハツ オート三輪 13尺ロング 2トン積 3輪車 昭和47年式 CO13T型 (同型車次回入庫予想)予測不能!
価格: 1,480,000円
販売元: 旧車、絶版車の朝日自動車販売

■メーカー名ダイハツ■車名オート三輪■グレード2トン積ロング高床 13尺■年式昭和47年式■走行距離 ■車検有効期限 ■ボディタイプ商用13尺トラック■色純正グリーン仕上げ■修復歴なし■整備記録簿 ■所有者履歴 ■ミッションコラム4速■排気量1860cc ガソリン■乗車定員3人乗名■型式CO13T■装備Nox非適合■昭和47年の出来事◎グアム島で横井庄一元軍曹発見◎冬季オリンピック札幌で開催◎ジャネットリン人気◎連合赤軍浅間山荘事件◎奈良明日香村高松塚古墳◎沖縄本土復帰◎田中角栄・日本列島改造論◎米国ウォーターゲート事件◎カシオパーソナル電卓発◎ミュンヘンオリンピック開催◎アポロ16号月面着陸◎大阪千日前デパート火災◎パンダが上野動物園に到着◎四日市公害訴訟、森永砒素ミルク◎木枯し紋次郎◎学生街の喫茶店◎男の子女の子◎瀬戸の花嫁 ◎ドカベン、ベルサイユのばら ◎川端康成自殺。body,td,th {font-size: 12px;}.g12 {font-size: 12px;color: #7D7D7D;}21世紀の現在、オート三輪を街で見かける事はもう無い。今オート三輪を街で走らせたら、多くの人は好奇の眼差しを向け、時に開いた口が塞がらなくなり、時に思わず笑みを浮かべてしまう。おもしろかったのは…観光バスの運転手さんがこの三輪を目にしたとたん、後続のバスに無線連絡をしていた。「おい 見てみろよ。すごい車が走ってるぞ」最後のオート三輪マツダT2000が生産終了してから33年余。まずお目にかかれないオート三輪。しかし日本の自動車の歴史を・・そして日本経済史を語る上でオート三輪は欠かすことができない。 日本における最初のオート三輪は大正時代にも遡り、足踏み式三輪車が存在する。自転車の前輪が2本後輪が1本のタイプ。ぶっちゃけて言えば車輪の多い自転車なのだが、安定性と荷物を運ぶのに、普通の自転車より荷物運搬能力は格段に進歩した。名称は「フロントカー」。中小事業者でかなりの需要があった。当然多くのメーカーが「フロントカー」の生産に乗り出すわけだが、その中でも《中島商会》製の「ヤマータ号」は、モーターやエンジンを海外から輸入し、後輪駆動(いわゆるFR)のバイク型に発展させたのが特筆される。その後しばらくオート三輪市場は、雨後の筍のように大小のメーカーがひしめき合い、無名メーカーがしのぎを削ることになる。不思議なことに、、既存の自動車メーカーが参入する時期はかなり後になる。昭和初期には国産エンジンの三輪が出始める。その中でも「ニューエラー号」は、のちに「くろがね号」として一世を風靡する。この開発者は純国産4輪車「オートモ号」の開発者でもある蒔田鉄司氏だ。発動機メーカーであった発動機製造株式会社は「ダイハツ号」を。東洋コルク工業株式会社は「マツダ号」を発表。そう!今やムーブ・タント・テリオスなど小型車のシンボルである《ダイハツ》、RX-8・ロードスターなどスポーツカーやロータリーエンジンで有名な《マツダ》は元々各分野を経てトラックメーカーだった。では昭和10年頃の三輪トラックを羅列すると、、ダイハツ・マツダ・くろがね・ウェルビー・ヂャイアント・ホクソン・ヒラノ・ヤツカ・陸王・昭和・ヤマータ・クラブ・アジアetc・・聞いたことも無いモノがたくさんある。特に陸王なんてオートバイファンならよだれが出そうだ。その後度重なる戦争を経て三輪に対する規制も強化され、昭和27年頃には、ダイハツ・マツダ・くろがね・みずしま・オリエント・サンカー・ホープスター・アキツ・ダイナスター・ヂャイアントなどのオート三輪が名を連ねるが、次第にダイハツ・マツダ・くろがねの大手3大メーカーと言う図式が成り立っていく。話はそれるがホープスターは、のちに4WD車を生産。そしてその製造権を《スズキ》に譲り、ジムニーとして脈々として受け継がれていく。さて昭和30年代も半ばになるとオート三輪から4輪トラックに移行し、既存の各自動車メーカーからも続々と4輪トラックが発売されオート三輪の居場所は次第になくなって行く。そして4輪への脱却を図れないメーカーは、他メーカーに吸収されることになる。オリエントは日野に、アキツはダイハツに、ヂャイアント・くろがねは日産に・・・これぞまさに自然淘汰である。日本の戦後復興そして高度成長を支えてきたオート三輪だが、昭和40年代半ばには《ダイハツ》《マツダ》《新三菱重工》の3社となり、昭和47年にダイハツが、49年にマツダが最後の1台をラインから送り出し、長い長いオート三輪の歴史に幕を引くこととなる。ちなみにオート三輪最大の利点は、その『小回り』にあり、九十九折の山道を木を積んで運ぶのには最高であった。 そしてその性能は現行の新型4輪トラックでも足元にも及ばない。 日本の経済成長の一翼を担い、街に山に資材を載せ走り回ったオート三輪。 老兵は死せず!今でも現役で「幸せ」を運び続けている。 さて現車を見てみよう。 8年ぶりに路上復帰したCO13T。 13尺のロングだ。 マツダも珍しいが、ダイハツはより希少。 当店に入庫してから、 35年間の垢を落とし、外装を塗装し直し、 荷台はコンパネを張り直した。 キャブレターもOH。 燃料系、水周り、ブレーキ周りも手を入れて、 あとは、サイドブレーキのワイヤー交換を残すのみ となっている。 お約束のシート切れがあるが、 張り替えてもよし、カバーにて対応するもよし。 いつ見ても、オート三輪の雄姿は、万人の心を捉えるようで、撮影時も多くの人が集まり、なかなか撮影が進まなかった(笑)。遠足に来ていた幼稚園児達は、まるで怪獣を見るかの如く、目を見張り、引率の若い先生も開いた口が塞がらない。元材木商という70代半ば?の男性は、時に目を潤ませ、切々と当時の思い出を語る。若いお兄さんは、「すげーっ」を連発。カスタムしてはいかが?オート三輪のローダウンなんて見たことねーっ。   老若男女を唸らすオート三輪。 名立たる名車よりも、人の笑顔を引き出す唯一の存在と言っても過言ではないだろう。そして絶版になって、35年が経とうとも、その座は当分譲りそうにも無い。

関連エントリー

TOP >  旧車 絶版車 ダイハツ オート三輪 13尺ロング 2トン積 3輪車 昭和47年式 CO13T型 (同型車次回入庫予想)予測不能!

フリースペース1

フリースペース2

フリースペース3

フリースペース4